ホーム > アステックヒーローズ > ハイスピード出世
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とりあえず調べたらアステックペイントが出てきて、ちょっと説明会行ってみようかなくらいの軽い気持ちで参加してました。当時、説明会には社長が登壇されてて、聞いてるだけでワクワクさせられるっていうそんな感覚はあったんですよね。説明会の雰囲気も良くて、社員同士の仲もすごく良かったので、選考を受けました。
その印象は今も変わってないね
三次面接までは、どっかの結婚式場の中のカフェで、私服での面接でした。さあこれから面接だ!って時に、急に知らない新郎新婦が入場してきて結婚式が始まって、社長と「なんかいいねぇ」って言いながら見てて。そんな面接の始まりでした(笑)
どんな状況!?というか、浩一君の時もカフェ面接あったんだね。懐かしいな……
そうですそうです。それで、いざ面接が始まったら社長からの質問に全然うまく答えられなくて「あ〜もう終わったな……」って思ってました。最後に社長から「うちの会社、第何志望なの?」って聞かれたので正直に「第2志望です。叔父が、第1志望の会社の役員をやっているのでそこを受けます。」って答えたんです。
正直だなあ。そんなこと言って怒られなかった?
社長は「絶対そこ受かるじゃん(笑)でも、もしダメだったらここに連絡して」って言って社長の電話番号をもらったんです。あ、こんなこと初めてだなってすごく印象に残りました。その後、第1希望の会社の筆記テストは見事に落ちて
なにやってんの(笑)
社長にも言われました(笑)改めて社長に面接してもらって、結果、晴れてアステックに入社出来ました。
関さんの時は社長面接どうでしたか?
僕も全然答えられなかったね。アステックしか受けてなかったので余計に焦りました。学生時代はずっと生徒会長やってて、けっこう輝かしい経歴があったから、その話をしたら「何の目的で生徒会長したの?どういう成果が出たの?」って詰められました(笑)
あ、関さんも生徒会長やってたんですか?僕もなんですよ。生徒会長の話をしたら、中身薄くて詰められました(笑)
僕、小中高で生徒会長をやったんだよね。それを自慢げに伝えたら、「そんな3回もやったの?それぞれのシーズンでどう違ったの?」って聞かれて「知らんがな!(笑)」って思いましたね。でも、なぜか面接中に合格貰えたんだよ。
ええ!面接中に貰えたんですか!すごいですね。あと、なんでうち1社しか受けなかったんですか?
……頭がおかしかったんじゃない?
でしょうね(笑)しかもあの頃のアステックって、売上は1億ちょいぐらいで社員も10人ぐらいですよね?
元々ベンチャー企業に入ろうと決めてたんですよ。僕、高専の建築学科出身で、大手のゼネコンとかから求人が山ほど来て、1人10社から選択できる環境でした。
羨ましい…
でも、これから盛り上がるようなベンチャーで、社長の真横で学べるところはないかな~って探してたら、ちょうど新卒1期生を募集してるアステックを見つけて「ここやん!」って思った!
超ラッキーですね!
うん、超ラッキーだった。
説明会に行った時期が遅かったから、学生も10人くらいしかきてなくて。アステック側も慌てて、急遽説明会の内容を変更して、2時間くらい社長の人生経験を聞くことができました。
それは貴重ですね!今じゃ考えられないです。
それに、今のアステックの規模だったら入社してなかったかもしれない。ちなみに余談だけど、当時のリクナビの会社紹介ページで、社長の名前が「紗織」って間違って記載されてて、社長のごつい写真もドン!って掲載されてて、「この顔で、紗織!?やばすぎる会社だな」って思ったのも覚えてる(笑)
ハハハ。それはやばいです(笑)
入社後の研修って何をしましたか?清掃マニュアルつくりました?
僕らは倉庫管理マニュアルを作りました。
じゃあ、清掃マニュアルは僕らから始まったんですね。
どんな内容だったの?
「誰がやっても同じクオリティの清掃になるマニュアルを作成してほしい」って社長から言われたんです。綺麗な状態とはどんな状態か?それを実現する為に必要な掃除道具とか清掃ルールはどんな物が必要か。同期と突き詰めて考えて、提案書までつくりました。
入社したばかりで社長に提案って、すごいね。
この経験がきっかけで、目的、出来栄え、手立てを明確に考えるようになりました。今、思うと清掃マニュアルを作ることによって、1つのプロジェクトの進め方を学んでほしかったのかなと思います。全社忘年会の企画もやっていました。
あったあった。社長から「何のために?目的は?」ってすっごく確認されて。会場も3回くらい変えたよ。
「え、ただ楽しくするためじゃないんですかー!」ってなってました(笑)ただこれは、目的とテーマを決めて、それに沿って決めなさいってことを学ぶための課題だったんです。
今、僕も育成者としてそれを伝えようにしてるよ。「テーマと目的が不明確だと、評価のしようがないよ」って言って考えてもらうようにしてます。僕らはそれを社長から直接教育してもらってたんだね。僕はそれを望んで入社したからラッキーでしたね。
いや、僕はもっと緩さを求めてたので超きつかったです(笑)ただ、良い意味で社会人1年目ではなく、いち社会人として社長から育成してもらったからこそ成長が早かったのかなと思います。
今みたいに年の近い育成責任者なんていなかったよね。
いませんでしたね。OJTという言葉すら知りませんでした。関さんが入社して一番カオスだったことはありますか?
1年目の全国大会かな。2日連続でアステックとプロタイムズで顧客向けのイベントを開催していました。あまりにも準備が過酷すぎてミスして、どこかのお客様の名札を”代表取締役”じゃなくて”代用取締役”って間違えてて(笑)
それはひどい(笑)
もちろん、その時は菓子折りもって謝りにいったけどね。2日間の地獄を乗り越えて、やっと帰れる~と思ったら、「この子借りるね」って別部署の上司から拉致されて、そのまま販促品制作作業を朝まですることになりました(笑)
ヤバい(笑)今のアステックじゃ考えられないですね。
ありえないね(笑)
当時のアステックでは研修も何もなく、入社3か月目で東京に配属になりました。営業のイロハもなにも分からない状態で、いきなり現場の最前線に立たされました。
早い時期から仕事を任せられてたね
中学時代に生徒会長をやっていたのも、人から期待されたり注目されることに喜びを感じるタイプだったからなんですよね。なので、まずは1年目で最前線に立たせてもらって、予算やお客様を持たせてもらえたことに「期待されてる!」と喜びを感じてました。
当時の中村さんにとっては嬉しい機会だったんだね。
はい。「その期待に応えたい!」という一心で取り組んでましたね。
きつかったのは、1年目の11月から単独営業を始めたあたりです。丸一日お客さんの電話対応だけで終わる日もあって、電話ノイローゼにもなりました。大阪にいた関さんにもよく電話で相談してました。
そうだね。今でも覚えてる。
関さんには隣にいてほしかったです(笑) 2014年には商品のクレームが多発して、現場へ向かってお客様の対応に追われる日々。当時はお客様への対応の仕組み化ができてなくて、お客様もますますお怒りになられたりして。自分は悪くないのに、なんで怒られないといけないのか?という思いでいっぱいでした。
それは、そんな気持ちになるのもわかるな
全く楽しくないと思う日が続いたんですけど、どこかのタイミングで「ここで逃げたら終わりだ」と思ったんですよね。
そう思えたのがすごいよね。
人よりも長所だと思うのが、1つのことを継続することだったんです。幼稚園から大学まで剣道、大学生時代もアルバイトをやって精神的、忍耐力も鍛えられてました。
さっき人からの期待に応えたいタイプだったって言ってたけど、諦めなかったのはその性格が要因?
そうですね。人が絡むことは絶対に投げ出した事はありませんでした。クレームも、お客様が困っているという事実があるんです。うちの商品を使ってもらえているのには変わりはない。何とか辞めずに続けていくうちに、クレームにもっと真摯に向き合うべきだと考え方が変わりました。すると、お客様からも「ここまで対応してくれるのは中村君だけだよね」って言ってもらえるようになりました。後輩にもこの状態を押し付けるのはよくないと思って、今ではきちんとした対応フローを整えています。
投げ出さずに諦めなかった姿勢がお客様にも伝わったんだね。
元々、向上心はそこまで高いわけではないけど、厳しい環境に身をおくほど成長することを実感しています。うちの会社はその環境があります。その環境に飛び込んでいくことを重ねて、お客様に向き合い続けた結果、責任ある所長というポジションを任せてもらったんです。厳しい環境が目の前にあったのはラッキーでした。チャンスを自分で取りに行くこと。環境を言い訳にしたら成長はできないと学んだ10年間でした。
僕の場合はカオスという自覚はなかったかもなぁ。そもそも成長の為に何も整っていない環境を選んで入ってきたからね。 でも、望んでた以上のものをアステックでもらえたと思う。入社してすぐ大阪営業所の立ち上げメンバーに選ばれて、所長と僕の2人体制で。あ、でも朝7時からテレアポ100件とかしてたかも(笑)
すごいですね…
アステックでの3年間がなかったら音楽の夢を追いかけようなんて思わなかったな。菅原社長も加盟店の社長さんの姿から、夢の描き方と情熱を学ばせてもらったんですよ。お客さんとの飲み会は自分の中で「勉強会」だと思ってて、赤ちゃんの頃から今に至るまでの人生をずーっと聞いて勉強させてもらってました。
勉強会で得たものってありました?
自分で決めたことは自分が納得できるまでやりきること。最終的に音楽の道は諦めてしまったけど、目標に向かってとことんやりきったので後悔はないかな。7年間やり続けられたのもそこで教わった事が大きいですね。あとは、音楽を辞めるタイミングは2,000回くらいあったけど、その都度アステックの人の顔が浮かんだんだよね。あの会社が背中を押してくれたからもっと頑張ろうって。
2018年にはアステックにまた戻ってきてくれましたよね!戻ってきてどうですか?スピード出世されましたよね。
ありがたいことですが、スピード出世したという感覚はないですね……。目の前の仕事や目標に向かって真剣に取り組んだだけなので、それを評価していただいたのかなとは思います。けど、達成感や満足感は殆ど無くて、"これから!"感だけですね。でも今後どんなことがやってきたとしてもへこたれない自信だけはあるよ。
音楽活動が今に活きていることってありますか?
人のせいにしなくなったことかな。ストリートライブやってて、色んな人に出会いました。良い人にも出会ったし、お金を取られたり騙されたりしたこともあったし。偽物にも本物にも出会ったし。人に従うという自分的にあまり好きじゃないこともしたし。その経験を通して、人を変えようと思っても変わらない、自分の角度を変えるしかないという考え方とマインドを持つようになったかな。
もうそれはほんと大事なことですよね。そのマインドが持てない限りマネージャーにはなれないですね。
浩一さん、将来的に考えてることってあるの?
僕はけっこうビビりなんで、関さんと違ってドカンと大きなイメージはないですけど(笑)僕と関さんの二人で会社をしょっていけたら面白いんじゃないかって思います。
そう言ってもらえるのは嬉しいな
正直、自分が社長になるというイメージはまだなくて、今は取締役になるイメージは持ってます。この会社が好きだし、この会社にここまで育ててもらったという気持ちがあります。たぶんもう転職する気もないですね。だったら、最大の恩返しが取締役になること。33歳で部長を任せていただくことが出来たので、35歳までに6等級に昇格してほかの部署の部長も経験し、40歳までには役員になりたいです!
目標が明確だね。素晴らしい。
フィールドエンジニア部を引っ張るのは僕でありたい。で、プロタイムズを引っ張るのは関さん。この両輪で!
ちょ、勝手に決めないで~(笑)。
ハハハ(笑)
僕はまだアステックに復帰して間もないので、まだこれからという感じなんだけど、一番興味があるのは社内ベンチャー。アステックで会社を立ち上げたいな~って思ってた。でも、最近浩一さんが言う未来も描くようになったな。ある意味幸運に恵まれてるよね、僕ら。
そうなんですよ。社長と今の幹部メンバーが引退するまであと15年しかないんです。その時僕らはちょうど今の幹部メンバーと同じ年齢になっていて、世代交代が意外とすぐ迫ってるんです。その時に僕らがその立場に立つのが筋じゃないかなと。
そこを目指すことが成長にもつながるね。
10年前に今の立場になることは全く想像出来てなかったんで、じゃあ15年もあれば、もっといける可能性がありますよね。 関さんってどんなリーダー像を目指してますか?
僕が菅原社長と出会ったのが、社長が40歳の時。そこから色んな経営者の方とお話して思ったのが、男って40歳のときに大きな差が生まれるんだなってこと。20代30代は差が出たとしても努力次第で取り返せるし、能力差はほぼ横並びっていうイメージ。でも40歳って全然ちがうよね。
うんうん。全然違いますね。かっこいい~~!って40歳と、もう50歳に見える40歳の人とかいる。
僕は40歳になった時にめちゃくちゃ輝きたい!って思ったんだよね。輝いて人に影響力を与えられて「今MAXで楽しい!」と言える40歳になっていたい。かつ、「こっからの20年、俺の人生すごいおもしろいよ!」って言いたい。菅原社長は接する度に予想を上回るくらい成長してて。今の俺じゃまだ敵わないなって毎回思わされる!
社長すごいっすよね!ちなみに、どんな人って言われたいですか?
「この人と働けて良かった」って言われたいな。その人の人生にとって良かったと思ってもらえるようなリーダーになりたい。これは、僕がアステックでの最初の上司に対して思ったことなんだよね。物凄い感謝してるし、完璧で、カッコよかった!
浩一さんは?
僕も関さんと同じです。でも、この感覚がさらにどう変わっていくか?って事が楽しみなんです。東京営業所で育てた人間をどんどん他部署に輩出して、どこでも活躍できるような人を育てたい。関わる相手がどんな人でも、人の育つ仕組みを作れるリーダーにもなりたいです。人が大事です。
それは間違いないね。
さっき関さんが言ってたことと近いんだけど、人を変えようとするんじゃなくて、自分の器を大きくして受け入れていくこと。そして、一人一人が能力を発揮できるようにすることがリーダーに必要な事ですね。
元々みんな能力を持ってるからね。あてる光の角度を変えてあげるだけでガラッと変わる。大阪事業所でも、このたった1年で180度変わってイキイキし始めた人もいるよ。今は顧客事業部が、一番の花形!って言われてるけど、プロタイムズも行けば輝ける、成長できる、もっとそんな組織に成長させていきたいね。
優しいアドバイスをかけられなさそうだけどいい?
……ど、どうぞ(笑)
それは、自分の夢のことを「考えてないから」だよ。僕は自分がやりたいことをくじ引きで引いて決めたわけじゃないし、ある日パッと生まれたものじゃない。ちゃんと自分で考えて考えて、考え抜いて「やっぱこれだな」って何回も考えて決まるものだから。そして、何回もチャレンジして試して、失敗して、確認作業をして、その中で決まるもの。努力を積み重ねて掴んだ決意なんだよね。
待つだけじゃなくて自分で「考えること」が必要なんですね。
ボーっとしてると他の人が努力するから差は開いていく。それでもいいならそれでいい。夢が無いと生きられないわけじゃないからね。浩一さんからもどうぞ!
僕は夢とかが無かったタイプだったんで。その自分をなんとか変えたいなっていう漠然とした不安を抱えているなら、与えられたことをしっかりやりなさいと言いたいです。目の前のことに真摯に取り組んで、逃げずにやりきれと。そしたら何かが見えてくるんで。別に夢とかやりたいことが無くても全然生きていけるし、仕事はやろうと思えばいくらでもできます。だけど、何か見つけたいなら、与えられたことに本気で取り組んでください。
逃げずにやり切ったから、今の浩一さんには明確な夢や目標があるんだね
現状に文句ばかり言ってたら、何も変わりませんし、夢ややりたいことを見つけなくても良いと思う。頑張ってね!